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【哲学もどき】自己分析の前に必要なもの

よくある話…かもしれない

 就職活動での自己分析シートや、アルバイトをするための履歴書を書く際に

 「自分の長所・短所を書く際に手が止まってしまう」

 といった経験はないだろうか?自分は何度かあったりする。「趣味」や「学生時代打ち込んだもの」などはすらすらかけても「長所・短所」については手が止まってしまい、「自分の長所はまじめなところです」という感じで濁したりしてしまう。

手が止まる理由

 「長所・短所」で手が止まってしまう理由としては

 「自分について何も考えることなく生きてきた」

 という可能性が高いと思う。朝起きて、ご飯を食べて学校に行って放課後に部活をやって、帰って勉強なりスマホなりゲームなりやって、いい時間になったら寝る。んでまた朝に起きて…といった繰り返し(社会人であれば学校の部分を「会社」、部活の部分を「上司との飲み」に置き換えてほしい)。スマホやゲームで一人の時間を確保することはあっても「友人とLINEで話しあう」「ゲームでストレス発散する」といったことだけ…。

 こんなことで「長所・短所」がすらすら書けるわけがない。

自分を観ることから

 -自己分析の前には自己観察が必要不可欠である

                       スタッツ

 哲学者っぽく言えばこんな感じ。「自分のクセを自分自身で見抜いて理解する」といってもいいかもしれない。当たり前のことだど思うが、自分自身を見ない人が自己分析などできるわけがない。なお、スタッツという名前はこのブログを書いてる人なので検索する意味はない。

 自己観察とは「自分の無意識に起こしている行動パターンを意識的に気付くこと」だと思っている。

 例えば短所に「短気なところ」と書いたとする。面接官によっては一歩踏み込んで「短気なところってあるけどそれはどういった時のこと?」と聞かれたりするかもしれない。ここで「自己観察」が活きる。「自分自身がうまくいかないとき」に怒るのか、「他人がもたもたしているとき」に怒るのか、あるいはそれ以外の要因で怒るのか…。

 「自分はこれこれの時にこういう行動をとる」ということに「意識的に気付く」ことが出来れば、「自分はこういう人間なんだな」という理解を深めることができるし、それが将来悪いことに繋がりそうならその時点から矯正をすることだってできる。

 ただ自分の性格について賛同できる人もいれば「息苦しい」みたいなかんじで離れる人もいるから矯正をするかどうかはその人次第である。

最後に

 自分だけかもしれないが自分の行動パターンを知っておくのはなかなかどうして面白かったりする。「長所・短所」がいまいち見つからない、という人は上にあげた「自己観察」から始めてみるのはいかがだろうか?