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色々考えたことを書いてます デレステは癒し。

【哲学もどき】努力とか、頑張るとか

 

 自分は「努力」とか「頑張る」といった言葉が嫌いだ。ただ、その行為自体が嫌いというわけではない。それに夢や目標に向かって努力している人や頑張っている人を馬鹿にしたいわけじゃない。むしろ応援したいと思う。今回はなぜそういった言葉が嫌いかについて語ろうと思う。

過去の話

 自分は中学生から高校卒業まで陸上競技部に中長距離選手として所属していた。基本的な練習はタイムトライアルだったり、坂を上ったり…まあ色々やっていた。そういった練習や大会の際に

「先輩、ファイト!」

と応援されることがある。陸上競技部に所属していた人なら「ああ、あるある」と納得すると思う。ただ自分はあまりこの言葉が好きではない。

 だって考えてみてほしい。残り一周、息も絶え絶えになりながらゴールに向かって一生懸命走っているのに「先輩、ファイト!」なんて言われたらどうだろうか?。人によっては「よし、もう少し頑張るか!」、と思うだろうが自分は

 「五月蠅い、余計なお世話だ!黙って見てろ!」

 となる。応援してる側は当然余計なお世話だとは思っちゃいない。ただ、自分にとって

「頑張れ」「努力しろ」

「頑張るな」「努力するな」

に聞こえてしょうがなかった。

結局のところ

 繰り返しになるが自分は「努力」や「頑張る」といった言葉が嫌いだ。よく

「頑張ってる人に対して頑張れとは言わない」

 というのがあるけど、自分の場合

頑張るかどうかはその人次第だから、何も言わない。ただ「助けてくれ」と言われたらその時は何も言わず手を差し伸べる」

 といったスタンスだ。

 アドラー流の考えで言うなら自分と他人の課題を分ける、と言う部分が当てはまる。頑張るかどうかはその人の課題であって自分の課題ではない。だから人に対してー少なくとも自分はー「頑張れ」とか「努力しろ」とは絶対に言わない。過剰反応かもしれないが「頑張れ」は時として「死ね」と言ってることと変わらないから。

最後に

 

 頑張ってるとか努力してるとかは結局第三者から見た自分の評価でしかない。頑張ってる本人は「自分は頑張っている」とか「自分は努力している」とか思っちゃいない。

 ただ純粋に、その人自身が掲げた夢や目標に向かって進んでいるだけだ。それを見届けると同時に、自分たちもそれぞれの夢や目標に向かって進むことができたら、それでいいんじゃないかと思う。